2006年02月25日

愛は、全ての隔たりをも越えられる〜エリザガラコン

今日もしんどいので感想書けません。
もう水さんアンドレを忘れてしまいそうだ。
まぁまた観るからええんやけど。

とりあえず、書いたまま放置してた記事でも残しておこう。
ガラコンの時に書いたまま、放置してた文。


稔さんの男役姿がまた観れるなんて、嬉しくて。
初日はそのことしか頭になかった。
稔さんのフランツに会える。
期待と不安でいっぱいで。

初めて生で見る稔さんのフランツ。
トップを経験したからか、結婚したからか、親になったからか。
懐が大きくて包容力が増し、愛が深くなっていた。
そして無駄な動きがなく、じっと耐えて。
そんな稔さんのフランツは、頭のてっぺんから足のつま先まで皇帝陛下だった。
「皇帝は自分のためにあらず。国家と臣民の為に生きる。」
まさにこの言葉の通り。

最初は「男役の稔さん」として見てたのに、
気付けば「フランツ・ヨーゼフ」としてのめり込んでた。
一人の陛下として。

じっと耐えるとき、何かを心に決めたとき。
陛下は手をグッと握り拳にし、我慢をする。
ぐっと耐えて、感情を抑える。
眉間にしわ寄せて、への字口。
稔陛下ではこの姿が一番好き。
陛下を象徴する姿でもあり、稔さんの得意分野でもある。
への字口。あの頃と変わらぬ、への字口。
もう、本当に素敵すぎる。
そして何回手をグッと握るか数えようと思ったが、
実際舞台見てるとそれどころじゃなくなって数えれなかった。
DVDで残ってたらええな。

ビデオで観たフランツは、多分当時の稔さんの状況も反映されてたのだろうけど。
色々と必死な陛下だった。
しかし今回の陛下はトップも経験したからか、落ち着いてて大人だった。
歌い方が優しくて、芝居の歌が巧くなってて。
感情をうまく歌に乗せてて、痛いぐらいに気持ちが伝わってきた。
「トップが演じるフランツ」ってこうなるんだなぁ〜と。

好きだった場面は沢山ある。
扉の場面は正面を向いて歌ってくれるので、陛下の表情を余すことなく見れた。
扉にすがりつく陛下も好きだったけど、これもまたいい。
いや、友人には「人間ドックでガン宣告された患者みたい」とか言われたけど。
(言われたのが公演終わってからで良かった・・・公演中だと噴出してマトモに見れん)

このときの歌の最後、「エリーザベーッ!」の顔。
この表情が好きで、好きで、好きで。
陛下の感情が溢れてしまった一瞬。
もちろん1幕最後も好き。
本当に綺麗で優しい歌声で、どうしようもなく素敵で。
お見合いの青年フランツも相変わらずまぶしくて。
殿下との場面は親の愛を感じた。
怒りよりも哀しみが強く、泣けたわ。
もう、言い出すときりがない。
だからここだけ言わせて。


「夜のボート」

その前のシーンでは樹里さんルキーニが客席を楽しませてくれる。
しかし一瞬にして空気が変わる。
そこに現れる皇帝と皇后。
すると、普段目に見えないものが見えた。
普段は見えない、形無いもの。

秘めた感情。
届かぬ想い。
心の叫び。
全てを包み込む包容力。
シシィへの、深い愛。

普段目に見えないものが見える瞬間。
こんな舞台、滅多に巡り会えるもんじゃない。
滅多に観れるもんじゃない。
全てが目に見え、全てを肌で感じることができた瞬間。
全身から鳥肌が立った。
言葉で表すなんて無理。
その辺りの言葉で表したら、嘘になってしまうから。

ただ言える言葉はこれだけ。
この瞬間に立ち会えてよかった。
生きてて、よかった。


ただのコンサートだと思ってたのに。
陛下は、いや、稔サンは見せてくれ、魅せてくれた。
こんなことされるなんて思わなかった。
こんなことされちゃ、ますます・・・


忘れないよ。
あのとき見えたものを。
あのとき魅せてくれたものを。
一生、忘れないよ。
posted by seto at 23:18| Comment(0) | TrackBack(0) | 宝塚(観劇とかinムラ) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:


この記事へのトラックバック
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。